なりたいもの、なれないもの。
数か月ぶりにカゼを引いた。
声が出なくなって冷えピタが一瞬で温まるくらいの熱が出た。
いつも体調を崩すと脳がリセットされて、自分を見つめ直すことになる。(時間が余るからかも)
「僕はお笑いに携わって、目標はどこにあるんだろう。」
これは去年から僕の隣に居て、ウケた日もスベった日も常にそばに居たモヤモヤだ。
ネガティブな沼に引きずりこまれそうになって、僕の活動は「しょせん趣味。」と片付けられてしまうんじゃないか。
下を向きながらショック療法のような形で「何かつかめるんじゃないか」「憧れている人たちは皆ライブにたくさん出てる」という思いからライブを増やした。でも足りない。
足りないけど少しずつ「面白い」って言われる回数が増えてきた。
悩みつつ相変わらずネガティブだけどネタを作り続けてるなら、ほんの少しでもなりたい自分に近づけるんじゃないか。
ときに「感性にも寿命があるかもしれない」って不安に思う。
余談なのだけど昔から深夜ドラマに出るのが憧れで演技力を褒められることが何回かあったから、ぼんやりと具体的に「自分が役者になったとしたら。」と想像してみた。
なれない。僕は自分が書いたネタしかできないからだ。
誰かが書いてくれたネタすら覚えられない。
あとは自分が演じるコンテンツとして1番魅力を感じるのが「お笑いライブのコント」だからかもしれない。
「3~4分のコントが好きなんだな」とともに「3~4分のコントしか作れないし演じられないんだな」と思う。
結果も何も出してないから言うべきじゃないんだけど、できることできないこと・向き不向きが分かってきて悲しくもあるけどスッキリもしている。
僕は結局、何にもなれないことが1番悲しいんだから。
お笑いの話3。
最近お笑いが楽しい。
2023~2024にピンネタがキツくてダラダラしてた時が嘘みたいだ。
楽しいけど苦しくもある。
理由は毎日ネタで悩んでるからだ。
数日間ネタが書けてないと「終わりだ」ってすぐ絶望する。冗談抜きで泣きそうなほどに。
ライブでいい結果が出ると嬉しいけど「これが最後の笑いだったらどうしよう」とすぐに不安になる。
いつも褒めてくれる先輩芸人さんが「茂木くんは天才」って言ってくれた。
僕の居場所はお笑いライブしかない。
つまり面白くないと居場所が無くなってしまう。
それを想像しただけで泣きそうになるし、絶望と隣り合わせだ。
僕には毎日生きることが苦だった時期がある。(今でもたまにそう)
現在は「ライブがあるから生きたい」と思っている。ライブに救われている。
ありがとう。お笑いライブ。
ちいかわのシーサーが「僕は郎(働いてるラーメン屋)が好きなんです」と言っててとても共感してしまった。
生きるために面白いネタを考えなくてはならない。
ほんとに頭おかしくなった時(酒飲んで布団にうずくまって泣いたりしていた。思い出すと気持ち悪くなる)も僕を引き戻してくれたのは芸人さんたちだった。みんなに恩返ししたい。
3月のネタ、まだ作れていない。どうしよう。
解毒。
週7で飲んでいた酒を週3にすることにした。
今日が0日目である。(今まで何回も失敗している)
禁酒ではなく減酒なのは色々と考えて「酒を完全に断つのは無理だ」という結論になったからだ。
おそらく僕はDNAで飲酒をしているらしい。
なぜ酒を減らすのか、というとほんの少し考えと意識が変わり「上に行きたい」「面白くなりたい」という思いが強くなったからだ。
完全にお笑いのためである。
酒は脳に悪いし、金と時間が持っていかれる。
「酒を減らして脳と感性を甦らせたい」という話だ。
数か月・半年くらい続けて何もいいことがなかったら、また毎日飲む。
思えば僕が毎日酒を飲むようになったのは20代後半からだった。それ以前は休日の前の夜、誰かと飲みに行く日くらいで酒は僕の生活に常駐はしてなかった。
20代後半から楽しいことや好きなものが減少し、何も考えず手っ取り早く楽しくなれる方法として毎日酒を飲み始めたのかもしれない。
酒が習慣になってから本当に時間を浪費してしまった。
酒を飲む習慣が無い僕が生きる世界線も少し見てみたい。
酒を減らす選択をしたが相変わらず心の状態はかなり悪い。どうにかなってほしい。
蜃気楼。
夜勤シフトを引きずりおろされそうで、かなり心が沈んでいる。
夜勤とライブの生活は体力的にはキツい瞬間もあるが「誰かと仕事をする」「昼間の町の雑音と空気」というものがストレスな僕にとっては楽なのだ。
時給が高くて他人に気をつかわなくていい夜勤シフト以外でコン◯ニの副店長なんてやる価値が無い。
(単に僕が社会に馴染めてないだけの部分もある。)
お笑いの方は今年がなかなか勝負のため、がんばらなきゃいけない。
けど「がんばるぞ」とか気合いで面白いことが作れた試しがないので結局僕は流れに身を任せるしかなさそうだ。
自分を観てくれた人や仲間たちからもらった言葉をかさ増しで受け取ってるだけかもしれないが「面白い」と言われることが増えてきた。
ほんの少しだけ環境を変えるための切符を手に入れているのかもしれない。
「もし今年ダメだったら」「来年才能が0になったら」「次のネタが書けなかったら」もう1回這い上がるエネルギーは残ってない。
少しずつ前から行きたかった面白い人たちが集うエリアが見えてきた。
到達できるかできないかはまだ霧に覆われているから分からない。
見えるようで見えてない。触れられるようで触れられない。
才能とは。
ライブと面白いことの発信でウケることでしか自分の価値を見出だせないのに、誰かに存在を気づいてもらえないのに、誰かに褒めてもらえないのに、もしかしたら僕には才能がない。
最近そう思うことが多々ある。
今まで色々なものから散々逃げてきて、たどり着いたのがピン芸人の活動なのにそれすら逃げようとしている。
居場所も新しい場所も時間ももう残ってない。
努力が足りてないのか、それはある。
しかし惰性でやっているのか、と考えるとそうでもない。
面白いことを続けていれば開花して、見る景色と環境が変わると信じていた。それが間違っていたのかもしれない。
ネガティブのくせに希望を持って活動してしまった。恥ずかしい。
ただ良かったことは自分より面白すぎる人をたくさん見て、半ば「ああはなれないな」と自分で完結できていることだ。救い。
負けきれず何回も負け続けるのは悲しい。何も残らない。
これから僕はどうなるのだろうか。
19のコンビの時、今は遠くに行ってしまった人がかけてくれた「茂木くんは面白い。いつか成功する。」という言葉、20代の時と数年に1度の大きめのライブでの成功体験でがんばってこれた。
ただ前述のとおり、最近は自分の感性や才能に違和感を覚えている。
「もう少しがんばろう」「1人だけど続けてみよう」というエナジーが下がっている。
まずい。
生命モチベ。
心身ともに疲れた。無所属だしオファー少ないしなので自分でライブのスケジュールを組んでいるのだが如実に疲労の蓄積を感じる。
ライブに出ずに夜勤だけをやってつまらない日々のなかで心を病むか、今みたいに休日を作らず身体に疲労を溜めるか。
僕は後者を選んでいる。ライブでウケた時しか脳の幸福ランプが光らないからだ。
20代の頃は前者の生活だったのだが心がキツかった。ほんとに時間の浪費でしかなかった。
特に居場所も大切な人もいるわけではないので。
僕は生きるモチベーションが不安定すぎる。
昨日テンション高くて何もかも楽しくて「これとこれを観たりやったりするまでは◯ねないなー」とか思ってた次の日には◯にたくなっている。
ここ数日は◯にたい。
僕が心の健康を保つにはお笑い方面で充実するしかないのに、最近は調子がすこぶる悪い。
週5の夜勤で心身を削り、週2~3のお笑いでもキツくなっている。
SNSでたくさんの失敗をし、たくさんの人を遠ざけてきたがここはブログだ。
何を書いてもいい。
僕自身、自分から他人を食い物にしたり欲張ったり騙したりしないのに(性格は悪いから人と深く関わるのは辞めている)何か最近は他人から嫌なことされることが多い。つくづく幸せになれない遺伝子だな、と思う。
接客なんかやってるせいでストレスは日常である。
この1年半、ライブを増やし小さな嬉しいことが何回かあった。心の状態も前よりはマシだったのに最近はまたうっすらと〇にたい膜に精神が包まれている。起き上がるのも発語もギリギリキツい。
人間関係で失敗しない方法、それは人を信じないことである。僕は無意識にそれをやって生きていた。
進んで孤独に突っ走った結果、楽ではあるけどいざって時に誰も手を差しのべてくれない。
自分が面白くないなら才能ないなら生きていたくはない。
職場には別に迷惑をかけていい。しかしこんな状態でこれからの活動が続けられるのだろうか。
暑さ本番のなか不安である。
ネガティブと卑屈は使いこなせ。
今までロボットアニメや化け物VS人間を描いた作品しか好んでなかった僕がほとんど知識の無い状態でコナンの「黒鉄の魚影」を観てとても感動してしまった。
内容に感動したのもあるが面白いものを見てテンションが上がり「自分の一部にしたい」と思った自分にホッとした。
しばらく新しいものを観たり楽しんだりすることができていなかったからだ。
知り合いの頭いい人が言っていた「勉強はインプットとアウトプットの連続である」という言葉は物を作る人にも共通する。
面白いものを作りたかったら面白いものを観てちゃんと感動しなければならない。
何かを観るうえで「暇潰し」で終わらせるのはもったいない。
感性とネタ作りは1つだ。
昔の僕はアニメ・漫画・ゲーム・映画・お笑いを吸収してそれぞれでちゃんと感動していた。
そのおかげで今のネタ作りが何とかなっているのもある。(結果は出せていない)
ネタ作りの話でいうと僕がギリギリ書けているのは「オタクだったから」という理由と「ネガティブで卑屈だったから」というのがある。
この性格のせいで苦しむことが多かったし今もたまにキツい。
しかしその視点やネガティブ目線のおかげで笑ってもらえたりする。
昔は無理やりポジティブで明るい性格になろうとして痛い目見たりしたが変われなくてよかった。
もともとコンビのコント師に憧れてたり去年はピンネタやるの苦しかったりしたが何とかモチベーションや感性が復活してよかった。
30歳、8年目になってしまったのでダラダラはしていられないけど。